一瞬で読み終わる。三幕構成の理論を改めて解説している本。作者がすでに色んなところで語ってきた話題なのは知ってるけど、自分はちゃんと読んだことがなかったので勉強になる。
あと、「僕はどうも、個性的なキャラクターを生み出す能力に欠けている」って自分で言ってて面白い。確かに乙一の小説ってラノベみたいなパッケージの作品が多い割にキャラの個性は弱いんだよな。たとえば森野夜とか、設定のインパクトは強いのに個性が強いキャラかと言われるとそういう感じはしない。
一瞬で読み終わる。三幕構成の理論を改めて解説している本。作者がすでに色んなところで語ってきた話題なのは知ってるけど、自分はちゃんと読んだことがなかったので勉強になる。
あと、「僕はどうも、個性的なキャラクターを生み出す能力に欠けている」って自分で言ってて面白い。確かに乙一の小説ってラノベみたいなパッケージの作品が多い割にキャラの個性は弱いんだよな。たとえば森野夜とか、設定のインパクトは強いのに個性が強いキャラかと言われるとそういう感じはしない。
恋愛ゲーム。面白い。
CASE-1~3は好きな順に3>2>1
CASE-0も面白かった…が、1箇所あまりに非人道的でこたえるところ(ネタバレ反転:前頭葉切除のくだり)があって、そこ以降胸糞悪さが拭えなかった。理不尽な目に遭わされること自体はまあ受け入れられるんだけど、そのやり方はちょっと人道的にというか研究倫理的にというか…。自分がこんな道徳的な感情を抱いたことが意外だ。ラストはいわゆる経験機械みたいな状況になってるけど、これハッピーエンドとはいえないよなあ。若干ハッピーエンドっぽい演出ではあるけど。ハッピーじゃないものがハッピーっぽく見せられるのは切ないな。
働いていると自分に関係のないノイズを入れる余裕がなくなって本が読めなくなる、というのは、仮に真であるとしても語用論的には不適切な発話であると思う。車校論理だったら「働いていると本が読めなくなる」は×だ。なぜなら、働いているかどうかなど関係なく、そもそも生きているだけで私たちは読書を含めて色々なことに自分の人生にとっての意味を求め、しかし「意味」など見つかるはずもなく、あらゆるアクティビティが自分の人生とは無関係などうでもいいノイズに感じられてやっていられなくなるからだ。適切な発話は「生きていると何もできなくなる」である。「働いていると」とか「本が読めなくなる」のような恣意的な限定は必要ない。
当たり前だけど、毎日寿命は1日ずつ減り、死に近づいていっている。その分、昨日より今日人生が何かしらの点で前進していればいいなと思うが、何をすれば前進したことになるのかよくわからない。楽しいことはまあまああるけど、それらが人生を前進させるかというと特にそういうわけではない気がする。職場の人たちは、社会の人たちは、中長期的視点では日々何を考えて生活しているのだろう。中長期的なことなんて考えずに目の前の仕事に必死なんだろうか。
ご指摘ありがとうございます。このポストを今見てみたところ、12万のインプレッションがついており、このポストだけ見た方も多かったのだと思います。私の主観では、私の一連のポストのタイムラインの中で、私が読後感を思い出してつづっている、という文脈がわかるように書いたつもりで、「」内は私の…
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) 2026年8月29日
今年見たポストの中で一番醜い。醜すぎてもはや面白くて、どこかにこのことを書かずにいられなかった。自分が迷惑を被らず傍観者でいられる範囲でこういうのを見かけると、怒りや呆れを感じるよりも可笑しさを感じてしまう。
元ポストの虚偽もなかなかえぐいが(そのポスト自体は削除されているが、そのスクショが引用欄から見られる)、上のリプに比べれば全然ましに思える。この意味のわからない弁明は本当に何。たとえ前後の文脈があろうと、「…と「あとがき」で書いている」という元ポストの表現を普通に読めば、それが原文に基づくものであるものと解釈されるだろう。そもそも、思い出しながら書いたという事情があったら誤情報を流すことが正当化されるわけでもない。素直に「本を読み返さずにうろ覚えで不正確なツイートをしてしまいました、すみません」って言うのではだめなんだろうか。何がこんなにプライドを肥大化させるんだろうか。国際政治学の世界で名を揚げたら俺もこうなってしまうんだろうか。
とはいえ自分が明らかに悪いときにプライドが邪魔して素直に謝れないことは俺にも多かれ少なかれあるので、そこは反面教師にしよう。
打刻システムがメンテ中のせいで帰れないことをソードアートオンラインと言いたくなったり、昔有能な人が作ったVBAマクロが生成AIの発展のせいで誰でも作れるようになってしまったことをゾルトラークと言いたくなったりするが、職場の人たちには絶対に伝わらないので言えない。ジェネギャはあるけど居心地はよい職場です。
小川哲『斜め45度の処世術』「社会人になっても友人関係を続けるには」
僕がいまでも定期的に会っている友人グループの共通点を探っていくと、グループ内に「言い出しっぺ」が必ずいることがわかる。その人物がメンバーに声をかけ、日程を調整し、お店を予約してくれているから、友人関係を維持することができている。もっというと、「大人になっても友人関係を維持できるかどうか」は、「学生時代にどれだけ仲がよかったか」と無関係だったりもする。
僕が大学生の時にいちばん仲がよくて、毎日昼から夜まで一緒にいた友人とは、もうしばらく連絡も取っていない。僕もその友人も、どちらも「言い出しっぺ」ではないからだ。大学生の時は、キャンパスへ行けば自動的に会えていたけれど、卒業してからはどちらかが声をかけないと会う機会がない。そうやって親友とも疎遠になる。
まだ若い人にはピンとこないだろうけど、友情が長く続くかどうかは、過ごした時間の尊さではなく、「言い出しっぺ」の有無によって決まることもあるのだ。
この本、みんな気づいていることではあるけど改めて言葉で思い出させてもらうとありがたい金言が多い。自己啓発本?